


自治体のご紹介
高梁市(たかはしし)は岡山県中西部に位置し、美しい山々に囲まれたまちです。盆地の中央部を高梁川が南北に貫流し、流域の平地には市街地が広がっています。
現存十二天守のひとつである備中松山城や城下町の風情が残る武家屋敷や古い町家、銅山とベンガラ製造で発展した吹屋地域など美しい歴史的町並みが今も色濃く残っています。
また、17世紀から踊りつがれている県下3大踊りの備中たかはし松山踊りや県の郷土芸能である備中神楽発祥の地であるなど自然環境や歴史文化に彩られています。
高梁市(たかはしし)は岡山県中西部に位置し、美しい山々に囲まれたまちです。盆地の中央部を高梁川が南北に貫流し、流域の平地には市街地が広がっています。
現存十二天守のひとつである備中松山城や城下町の風情が残る武家屋敷や古い町家、銅山とベンガラ製造で発展した吹屋地域など美しい歴史的町並みが今も色濃く残っています。
また、17世紀から踊りつがれている県下3大踊りの備中たかはし松山踊りや県の郷土芸能である備中神楽発祥の地であるなど自然環境や歴史文化に彩られています。
総面積 | 546.99㎢ |
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人口 | 25,646 人 |
世帯数 | 12,990 世帯 |
WEBサイト | https://www.city.takahashi.lg.jp/ |
お問い合わせ | TEL:0120-977-050 E-Mail:furusato-cus@redhorse.co.jp |
標高430mの臥牛山頂上付近に建つ天守は、国の重要文化財で、現存天守を持つ山城としては最も高い所にあります。鎌倉時代、有漢郷(現高梁市有漢町)の地頭秋庭重信が大松山に城を築いたのを起源とし、1683(天和三)年に水谷勝宗によって3年がかりで修築され、今の天守の姿になりました。秋から春にかけての早朝には雲海が一面に広がり、運が良ければ写真のような「雲海に浮かぶ備中松山城」を見ることが出来ます。
猫城主さんじゅーろーも人気です。
毎年お盆の時期に備中高梁駅前大通りで開催される「備中たかはし松山踊り」は県下最大規模の盆踊りです。その歴史は古く、江戸時代慶安元年(1648)、備中松山藩主水谷勝隆(みずのやかつたか)の時代に、五穀豊穣と町家の繁栄を祈って踊られたのが始まりと言われています。町衆から始まった「地踊り」と、武家に伝わった「仕組踊り」があり、現在では「地踊り」が中心に踊られています。
高梁市吹屋(ふきや)地区は、かつて赤色顔料「ベンガラ」の原料となる鉱石採掘で栄えました。町並みの瓦や格子には防腐効果のあるベンガラが用いられたため赤い町並みが誕生し、今でもなおその姿を留めています。令和2年に「日本遺産」として認定されました。一歩町並みに足を踏み入れれば、タイムスリップしたかのような、ノスタルジックで住人の温かさに包まれた町が皆様をお迎えします。
頼久寺(らいきゅうじ)は、足利尊氏(あしかが たかうじ)が諸国に命じて建立させた安国寺の一つです。 その中にある国指定名勝の庭園は、備中国奉行(くにぶぎょう)・小堀遠州(こぼり えんしゅう)の初期の作庭で(1605年頃)、禅院式枯山水蓬莱(ぜんいんしきかれさんすいほうらい)庭園です。俗に「鶴亀の庭」と呼ばれる天下の名園で、はるかに望む愛宕山(あたごやま)を借景(しゃっけい)に、砂の波紋で海洋の感じを出し、中鶴亀二島の蓬莱石組、鶴島の三尊石組を配し、さらに、大海の波のあらわすサツキの大刈込みで背景を整えています。この豪華な大刈込みは、遠州独特のものです。
備中神楽は備中地方に伝承されている神楽で、発祥は現在の高梁市成羽町とされています。 荒神の魂を鎮めるために始まった荒神神楽を起源としています。 江戸時代後期に、古事記や日本書紀を題材とした「天の岩戸開き」、「国譲り」、「大蛇退治」が創作されました。現在でも、地域の方々や保存団体が保存・育成・伝承活動に熱心に取り組んでいます。
標高の高い山間で霧に包まれながら栽培されるブドウや桃、トマトなどの野菜、お米は格別です。人気のシャインマスカットは甘く、種のないニューピオーネは大粒で、昼夜の寒暖差が生み出す濃い色合いは高梁市ならではです。ぜひ一度ご賞味ください。
10万本のつつじが全山を覆う弥高山公園で「弥高つつじ祭」が開催されます。南は瀬戸内海の島々、北は中国山地までもが見渡せる、標高654mの山頂の展望台からの360度のパノラマも必見です。
風情ある本町の町並みと江戸から平成のお雛様の優しい笑顔。高梁の雛飾りと地元の人々の心づくしのおもてなしに触れながら、高梁散策が楽しめる雛まつりイベントです。
國橋まつりは、備中神楽の創始者「西林國橋(こっきょう)」を顕彰するため毎年4月に行われる神楽のイベントです。備中神楽とは、日本の故事を演劇仕立てにし、勇壮な舞で五穀豊穣を願う神事で国指定重要無形民俗文化財に指定されている高梁を代表する伝統行事です。
毎年お盆の時期に備中高梁駅前大通りで開催される「備中たかはし松山踊り」は県下最大規模の盆踊りです。その歴史は古く、江戸時代慶安元年(1648)、備中松山藩主水谷勝隆(みずのやかつたか)の時代に、五穀豊穣と町家の繁栄を祈って踊られたのが始まりと言われています。
岡山県西部一帯、広島県東部に秋祭りの供奉楽として伝承され、現在、備中町をはじめ、市内各地で行なわれています。 踊りの始まりは、神功(じんくう)天皇が戦いを終え、帰還の際の道中楽と言われています。一説では、三韓の特使が渡来した時に舞われた迎武楽(げいぶがく)との言い伝えもあります。 衣装は、花笠、女衣、袴、襷がけ。太鼓を4人で打ち、拍子木、鉦(かね)など打ち鳴らして乱舞する姿は勇壮です。
300年の伝統を受け継ぎ、江戸時代に藩が取りしきった奉納花火が現代に復活します。町民が手造りした約20基の仕掛花火が見どころで、「大銀滝」をはじめ、ここでしか見られない技巧を凝らした「大仕掛花火」の数々がきらびやかに夜空を彩ります。
猫城主さんじゅーろーや雲海でもおなじみの備中松山城の眼下に広がる町「高梁」を沿道からの温かい声援を受けながら走るアットホームな大会です。コースは勾配が比較的緩く、初心者でも気兼ねなく走れます。スタッフ、市民を挙げておもてなしをいたしますので、ぜひ、城下町高梁の雰囲気を味わいながら完走を目指してください!
農林業や地場産業の振興と安心して働ける環境の整備に取り組むとともに、自然・歴史・伝統・文化などの地域資源を活かして交流人口の拡大を図り、交流による市内外での様々な“つながり”を広げながら、活力のあるまちをつくります。
豊かな自然との“つながり”を大切にし、かけがえのない財産として守り育てながら、暮らしや経済活動の基礎となる社会基盤の整備と都市機能の維持・確保を図り、美しい自然環境と快適な生活基盤が調和した安心・安全のまちをつくります。
子育てしやすい環境や地域医療体制の整備、生涯を通じた健康づくりの推進など、地域の“つながり”により支え合い助け合うことにより、誰もが住み慣れた地域で健康に暮らし続けられるまちをつくります。
人権を大切にする共生社会の実現、学校教育の充実、生涯学習・生涯スポーツに取り組める環境づくり、文化財の保存と活用に取り組み、地域の歴史や文化等との“つながり”を深め、郷土愛を育み未来へつなぐ学びのまちをつくります。
歴史や伝統文化を最大限活用し、シティプロモーション等を強化することで、交流人口・関係人口の拡大を図るとともに、新しい暮らし方、働き方の変化を的確に捉えて、都市部からの人の流れの拡大につなげます。
高梁市全域の地域のイベントや環境保全活動、安心・安全なまちづくりなど、各地域のまちづくり協議会が主体となって取り組む地域活性化のための事業や地域の課題解決に向けた活動など、市民が主役のまちづくりを推進します。※各地域への支援は7~11の各地域の項目を選択してください。
旧高梁市地域のまちづくりを推進します。
旧有漢町地域のまちづくりを推進します。
旧成羽町地域のまちづくりを推進します。
旧川上町地域のまちづくりを推進します。
旧備中町地域のまちづくりを推進します。
使い道の選択を高梁市に一任します。
「NPO法人絆かわかみ」は、平成24年7月に設立され、高齢者、要介護者及び障害者(以下、「高齢者等」)に対して、保健・医療・福祉に関する事業を行い、高齢者等が地域の中で安心して暮らしていくことができるよう支援するとともに、環境及び地域の資源を始めとする様々な視点からまちづくりを推進し、地域社会の発展に寄与することを目的としています。 具体的には、高齢者住宅支援として、高梁市内の10家族に住宅を提供し、見守り・声かけ支援サービスを行っています。年金額で入居し生活できる料金に設定しているため経営は苦しい状態です。我がふるさとのまちづくりと高梁地域社会の発展に寄与したいと思いますので、皆様のお力をお貸しいただきたいと思います。